東京回遊魚

東京を身近に感じてもらえるようがんばるブログです

文京区ゆかりの文豪〜森鴎外編〜

文京区は、以前紹介した通り、アカデミックな土地柄が自慢です。特に、書籍に関係のある街並みであるので、自然、文豪との関わりが深くなります。そんなわけで、文京区ゆかりの文豪はたくさん存在しています。
今回はその文豪たちの中から、森鴎外と文京区の関わりについて紹介したいと思います。

 

さて、皆さんご存知の森鴎外ですが、彼は日本にいる期間のほとんどを文京区で過ごしています。
彼が、文豪である前に医者であったことは、周知のことかと思われます。彼は、文京区にある東京大学医学校予科(現在の東京大学医学部)に年齢を偽って(!)入学しました。そして、紆余曲折あり、ドイツに行ったり、台湾に行ったりしました。語学が堪能であったその能力を生かし、かなりの活躍を見せていたようです。

 

そんな活躍を見せた彼のことを、ずっと待ち続けていたのは、文京区にあった家たちでした。
彼は、駒込千駄木街57番地に家を借ります。現在、この家は通称「猫の家」と呼ばれています。なぜか。なんと、彼が入居したその後にあの夏目漱石が「我輩は猫である」を執筆した家だからなんです。なんとも不思議な巡り合わせだと思いませんか?
さて、その後、彼は同じく駒込千駄木街21番地に引っ越します。これが彼にとって、その生涯を終えることになる家となりました。
ここの二階を、彼は「観潮楼」と名付けました。東京湾の潮の満ち引きを観測できるから、という意味でのことでしょう。(但し二階なので、「楼」と呼べるか疑問ですが……。)ここには、森鴎外と親交の深かった数々の文豪が集い、会合を開いていたようです。

 

この観潮楼自体は、火事によって焼失してしまいましたが、敷石等は残っています。その跡地を使い、現在は「文京区立森鴎外記念館」が置かれています。様々な肩書きを有し、マルチな活躍を見せていた森鴎外について、様々な展示を用いながら紹介する記念館です。
以下がその記念館のホームページです。興味のある方、ぜひご覧になってみては?きっと涼しいですよ。

moriogai-kinenkan.jp

 

以上です。最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございました。